地方で豪族化する

資本主義の分析

千葉大学医学部付属病院

医者にはあまり縁がない人生を送ってきた。
地元岩手の町の病院で盲腸を切除したことと、
額をざっくり切断したときに縫ってもらった程度だ。

高校から現在に至るまで病院というものにはあまり縁がなかった。
子供の病気は妻に丸投げをしてきたのだが、
今回三男の難病が発覚。
町医者の手には負えないので、
千葉大医学部付属病院の紹介と相成った。

病名はまだ確定していない。
三男は平熱が高く、ずっと37度程度の子供だ。
今回足が痛いと言いだして、熱も37度中盤で推移していたので、
医者にかかったが、なんともハッキリしない。

内科に見せたら風邪だというし、
整形外科に行ったら股関節炎だと言う。
再度町の名医に見せたら心臓の弁に異常があるという。
町の名医は千葉大医学部卒?らしく、紹介状が書かれたという流れだ。

就職の紹介状はうれしいが、
医者に書いてもらう紹介状はうれしくない。
医者なんぞというものは縁が薄い方がよろしい。
医者と葬儀屋とは親しくしたくない。

そんなわけで入院している息子へ土日面談しに行ってきた。
自宅から徒歩50分かけて歩いて行った。
亥鼻キャンパスとか言って、広大な土地に医学部、薬学部、看護学部、
付属病院がセットになっている。
これはすさまじいカネが動いていると実感する。

考えてみれば旧帝大の医学部に次ぐ最高難易度ランクの医学部である。
文系学部はパッとしないが、医学部は別格だ。
ここに入り込むことが出来たら、人生の難易度がぐっと下がる。

こんなデカい総合病院はもはや大企業と同じだ。
このような組織に入り込むのも勤め人としては非常にいいだろう。
まあ、文系脳の私には縁がないので、息子たちにも縁がない可能性が高い。

しかしこんな素晴らしい医療が整備されている、
千葉市というのはどうしてなかなか、素晴らしい都市だなと改めて見直すこととなった。

岩手を捨てて東京に来た田舎の凡人秀才

私を形容するとしたら、
このような言葉になるだろう。
田舎の多少お勉強ができた凡人が、
東京で立身出世を試みて、挫折。
勤め人として再起して、書籍やネットの著名人の真似事をして、
ある程度の資産と金を得た。
そこでふと人生を振り返って、人生迷子になっている。
そんなタイミングである。

迷子になって地方に目を向けると、
高知に移ったイケハヤ孫子、福岡に拠を構えた聖丁、
北海道で覇を唱える加藤ひろゆき先生、富山で気炎を上げるフン様、ポール氏、
関西は、まあ金融機関がアレなのだが、群雄割拠の様相を呈している。

私が捨ててきた地方から続々と資産家が誕生しているのだ。
翻って私は、東京に出てきたものの、
最難関国家試験にも、ハイスペ勤め人にもなれず、
ソコソコの勤め人と、ソコソコの不動産でフラフラしているのだ。
一方で、千葉で不動産屋を経営していた娘の妻は、
相続で一撃の資産家となった。
いや、資産家になったのではなく、もともと資産家側の人間だったのだ。

思うに東京、横浜、さいたま市、千葉市、名古屋市、仙台市・・・・
地方都市であっても中心部にはたくさんのビルがある。
これらのビルの本数だけ資産家がいるのだ。
かなりの割合のビルが、大企業・大資本の所有ではあるものの、
それでも、中小企業に近い資産家もビルを所有している。

ビルに限らない。
多数のビジネスオーナーがいるし、その数はビルの本数よりも多いのである。

若き日の私が目指した、「エリート難関資格ホルダー」や
「エリートハイスペ勤め人」というヤツは、
所詮それら資本家の飼い犬、番犬に過ぎなかったのだ。
田舎の成績優秀な人間を拾い上げて勤め人として使うという
資本家の敷いたレールに乗せられていたに過ぎなかった。

より強い資本家が、より有能な労働者を採用する。
弱い資本家は、劣る労働者を採用する。
新奴隷制度のレール上の話なのである。

私は情けないことにシステムを理解せずに、
新奴隷制度のレールに乗って、有能な奴隷になることに
必死になっていたのかもしれない。

資本主義社会における奴隷から脱する道

かくなる現代の資本主義ではあるが、
江戸時代の身分社会よりもイカしているところがある。
それは階級移動が可能である。
この点だ。

資本主義の奴隷たる労働者の地位も、
本人の努力如何で資本家に進む道が開かれている。
それがまさに「商品を持つ」ことなのだ。
商品を代々と保有している者は「商品を相続する」ことが可能だ。
先代から受け継いだ商品を維持、発展(させなくともよいが)させ、
次世代に承継することができる。

政治家の場合には「地盤、看板、鞄」という、
相続税のかからない財産が承継できる。
芸能人の場合でも一部の者は似たような資産の承継を受ける。
プロスポーツは厳しいが、芸能人に似ている。
しかし、それも先代が相当の実績を残している場合に限られるし、
その七光りも3世代は続かぬものだ。

私のような徒手空拳で、社会に出た者は自分が初代にならねばならない。
そして、それは99%の人間に当てはまる。

別に妻の将来の相続まで期待して結婚したわけではないのだが、
私は結果的に家族単位でみれば、資本家成りを果たしたと言える。
縁あって千葉という場所に拠点ができてしまったので、
資本家階級というものを、この場所で成し遂げたいと思う。

20代のころに志した金持ちになりたい。
という、青雲の志は既に果たされた。

私の今の人生の目的は「全人(ぜんじん)」である。
全人とは「概念」だ。
完全体みたいなものだ。
これは悟りみたいなもので、
到達したのかどうなのか、
分からないものだ。

しかしそれを目指して進むことである。

私の目指す全人、すなわち地方豪族、名士である

戦国大名でいうところの、地方豪族化を目指したい。
武田信玄も、伊達政宗も初代ではない。
その前の何代も脈々と続く、大名だった。

そんなイメージである。
私が作った、そして作るであろう資産規模は10億程度に過ぎないと思う。
それをコツコツと世代を重ねて繋いでいくような名家に仕立てたい。
途中で潰えるかもしれぬ。
自分の死後まで続かせるのだ。
無理というのが当たり前だと思う。

しかし、私はそれに挑みたい。
息子、孫に資本主義を教え、攻略法を伝え、富を自分の世代だけで消費しないよう、
教えたい。
教えるというのもおこがましいし、容易にできるものではない。

実は私の父親にも家訓めいたことを言われている。
それは3つしかない。

1つ、ひと様に迷惑をかけないこと。
1つ、兄弟は仲良くせよ
1つ、俺が死んだら涙の1つも流してくれ

これは出典がない。
概ねできると思う。
この親父の遺言(まだ生きてる)にはあまり共感できないが、
3つのキーワードにまとめる。
という点では非常に参考になる。

3という数字には力がある。
三種の神器、三大料理、三大宗教、三本の矢など、
3は覚えやすいのだ。

私も基本的には家訓を3つとしたいと思っている。
まだ詳細は固まっておらず、日々推敲している。

1つ、収入の2割を貯蓄せよ
1つ、貸家を買え
1つ、人生とは金と異性だ

詳細はこのブログを遺品とするとして、
3つの家訓を残したい。
〇人生は金と女だ、金をためて貸家を買え。
1フレーズに集約される。

あとは自分の生きざまで子供に教えるしかない。
子供も生きざまで孫に教えてくれればよい。

どうせアタマボヨヨンの子孫の代もあるのだから、
10世代のうちには「維持」しかできない世代もあると思う。
それは仕方のないことだ。
バカしかいない世代に関しては維持しようとしたところで、
マイナスとなる。
100を80にして次世代にバトンを渡す世代も当然に、ある。
それはそれとして、最低限、子孫繁栄&富の維持をしてほしいと切に願う。

そうやって千葉で豪族化して、
たくさんの孫に囲まれて死にたいと思ふ。

をはり