勤め人卒業とは『階級移動』の完了を意味する

勤め人卒業関連

資本主義的に私の事業を分析するとだな

資本主義とは商品の集合である。
商品とは労働力によってその価値が決まる。

有用性や必須度で決まるわけではない。

例えば『空気』窒素が7割、酸素が2割、二酸化炭素とその他1割で構成されるこの空気。
言わずもがな、生存に必須なモノである。
しかし、これはタダ(無料)である。
なぜならば、空気が消費者に届けられるために、
なんら労働力が投下されていないからである。

さすれば、商品を作ろうと思ったら、
そこに労働力をどの程度注入されているのかを考えなければならない。

私の例を挙げるとすれば、
勤め人事業‥‥言うまでもなく、私の労働力を直接、勤務先に売り渡している事業。
これは説明するまでもないが、
大家業はどこに労働力がこもっているのだろうか?
(土地はここでは無視する)
古い家であるが、これは人の手で作られたものである。
法定耐用年数は既に経過済であるが、
売られた時点、仮に600万円とするが、この時点ではまだ600万円の価値(労働力の価値)があるのだ。
これを私の勤め人事業で生み出された余剰資金で購入したということだ。

労働の対価は労働力の回復の費用であるが、
ホワイト労働環境+高給という穴場を見つけることで、
余剰資金を作ることができる。
これを生産設備(貸家)に変換することで、
労働者として、のみならず、資本家としてのPLを持つことが可能となるのだ。

ただ、労働力の残存価値(古い家の価値)だけでは資本家的収益は得られない。
この貸家という商品から収益を得るためには、
リフォーム、客付けなどを行わねばならない。
ここにも労働力が込められている。
私の懇意にしているリフォーム業者さん、仲介業者さんの労働力がこもっている。
この労働力の価値(カネによって数値化される)を上回る価格で
売ることによって、私の大家業は回転していく。
この回転を継続的にプラスで回転させていき、
いずれは労働力販売業(勤め人)を上回る収益を稼げるようになると、
勤め人卒業だ。

即ち、労働者から資本家への階級移動が完了する。

階級の移動ができない社会=閉塞した社会

日本史を振り返ると、
この階級の移動ができないところまで国民が追い詰められた時、〇〇時代と名前が変わる。

平安時代には貴族が社会を支配してきた。
貴族、寺院が荘園を持ち、国民は農地を開墾しても、貴族や寺院に没収されていた。
自分は貴族・寺院に成り上がりたくてもそんな道はない。

うっぷんが溜まり、反乱を起こす。
貴族も、あれ、やべーなこれ。
と、思って墾田永年私財法を制定してガス抜きを図る。
ガス抜きの結果、農地がさらに広がる。
農地が広がると、税金も払いたくねぇ。
自分の土地は自分で守る!
武装する。

そうして武士という新しい階級が産まれ、
貴族への反乱が起きる。
無能な貴族を打倒して、武士の政権が誕生した。
そうやって鎌倉時代に変化した。

鎌倉時代から室町時代の変化、江戸時代への変化までは、
武士の時代という意味ではさほど変わらない。
力の時代である。

武士階級という階級内部での権力闘争に過ぎないのだが、
それでも鎌倉時代の閉塞感とは、
元寇で必死で戦ったのに、何の報酬もない。
北条氏は無能じゃねぇか?
俺たちの方が強いんだ、ぶっ潰してやる。
という戦いだったのであり、
後醍醐天皇などは、その口実に使われたに過ぎない。

室町時代から安土桃山時代への変化に関しては、
個人的には農業主義から商業主義への変化である。
農業生産力が高まり、農業従事者が10%程度で全人口を食わせるだけの
生産が出来たともいわれている。

商売人の力が増大したのである。
実際、信長の実家である、弾正忠織田家は、守護家の斯波家の守護代の織田家の
家老という、比較的低い身分であったにも関わらず、
最終的に織田信長が尾張を統一した。
これはもちろん、織田信長という天才個人の力も大きいが、
尾張の経済(貨幣経済)力を支配していたことが大きい。
(センゴク権兵衛参照)
要するにゼニの力の時代であり、ゼニの力で室町時代が終わり、
ゼニの力を理解した大名が天下を取った(織豊政権)のであると理解している。

最終的にこの時代を終わらせた徳川家康は、ゼニではなく、
米を中心(石高)に再構築しようとしたのだが、
江戸時代は結局、小判、ゼニのパワーを制御しようとする戦いでもあった。
金の含有量を調整したり、貿易での鉱物の流出、インフレと戦う時代だったと思ふ。
まさに資本主義が農業社会を駆逐していったのだ。

最終的には、武士階級による支配から、
国民国家という体制に変更を余儀なくされた。

欧州ではナポレオンの軍隊が、国民国家による軍隊が最強であることが証明されて、
民主主義政治が、貴族政治より強いことが同時に証明されていた。
徳川家はそこまで見通していたからこそ、
武家政治を大政奉還、江戸の無血開城という形で終わらせたのである。
徳川政権の中枢はやはり賢明だった。

階級を固定化していては、戦争に負けるのである。
まあ、下級武士連中、特に島津、毛利など徳川家に煮え湯を飲まされた大名家が
倒幕を主導した点で、恨み返しという意味も大いにありそうでは、あるし、
士農工商という階級移動を禁止されたことによる反発という意味もあろう。
欧米による日本の植民地化の試みもあったろう。

様々な要因を飲み込んだのが明治維新だったというだけである。

現代は閉塞しつつはあるものの、階級移動が可能だ

2000年代は、大家業による階級移動がかなり容易だった。

バブル崩壊で不動産に対して、誰もが嫌悪感を持っていたのである。
そんな中で、早期にチャンスと見て飛び込んだファーストペンギン。
その時にたまたま借金ができるだけの経済基盤を持っていたというのもあろう。

そんな連中がSMBCの収益還元法に基づく融資を引きまくり、
短期間に労働者階級から資本家階級への階級移動を成し遂げた。
しかし、あっという間にこの手法は広まり、
特に私が30代となって、ヨシ、いくぞ。と思った時には手遅れになっていた。

地方ではギリギリに滑り込みセーフだった投資家もいるが、
首都圏では既に座席はいっぱいだ。

今から大家業ってのは、何か新しい要素がないと難しくなってきている。
株式投資だって、今から参入して成功するには、ちと、工夫が要る。

政治の世界では自民党政治がハバを利かせていて
世襲でその地位を承継する現象が各所にみられる。
階級移動ができないように社会が徐々に固定化しているのである。
これが行き過ぎると、時代の転換点を迎えることになる訳だが、
その萌芽が「参政党」であろう。
あまりに既得権益が階級固定を進めていくので、
庶民が反乱を起こしつつあるのである。

既得権益者はここで一歩引く(貴族政治時代の墾田永年私財法)必要があるし、
徳川政権における大政奉還が必要なタイミングではあるのだが、
それができる既得権益者は少ない。
元祖過激国家のフランスでは「絞首刑」により強制終了させたし、
易姓革命国家のシナ(CHINA)でも武力で強制終了させる。

比較的穏健な国家は王政を維持しつつ民主化するという、
立憲君主制を採用するのだが、さてさて。

話が大きくなり過ぎたのでもとに戻すが、
庶民階級は、支配階級へのランクアップをしようとするものだ。
勤め人だって、社内という狭い檻の中で、ランクアップ競争をしているではないか?
そのランクアップ競争は、先が見えた、作られたゲームなのである。

私達がするべきは
「労働者」から「資本家」へのランクアップ競争なのだ。
資本家によって作られた出世競争ゲームで遊んでる場合じゃない。

ランクアップを果たした者は、世襲によるその階級の固定化を狙う。
現代もそうなりつつあるが、
まだまだ、階級移動は可能である。
「士農工商」は現代にはない。
積極的に狙っていこうじゃないか。

勤め人の出世競争ゲームよりも
労働者から資本家への階級移動ゲームで遊んだ方がいい。
結局我々人間は、数億の精子が1つの卵細胞を目ざして競争した結果産まれたのだ。
いずれにしても、競争する本能が組み込まれているのかもしれない。

オワリ