何かに依存しながら生きている話

心構え

ケニー・アッカーマンの最後のセリフ

進撃の巨人©諌山先生
ケニーの末期のセリフ

人は何かに酔っぱらって生きている。
非常に深いセリフである。
私より若いのに、
こんなセリフを量産していく
諌山先生は才能の塊だ。

絵も描けてストーリーも濃い。
キャラは作者以上にはなれないものだから、
諌山先生は相当練られた人格の持ち主なのだろう。

〇仕事(勤め人、企業家)
〇家族
〇酒
〇異性
〇ギャンブル

依存状態というものは何にでも当てはまる。
バランスを崩した状態を「依存」と言うのである。
適度にバランスよくこなしていくことが出来れば、
それは依存ではない。

聖丁が目指す「全人」という概念もそうだ。
ただし、資本主義ゲームと言う、
地球人全員強制参加のゲームにおいては、
「勤め人卒業」を最優先に定める。

これもある意味バランスが崩れた状態だ。
しかし、
「勤め人卒業」=労働力に依存しないで生きられる状態
は、バランスを崩してでも、
達成しなければならない。
何をおいても優先しなければならんのである。

過度な資本主義ゲームへの依存もまた、悪い

しかし、資本主義ゲームの1stステージである、
「勤め人卒業」
を達成した上で、さらに資本を拡大していくことは、
本当に重要か?
それは立ち止まって考えなおすタイミングだと思う。

異性がおろそかになっていて、
生涯独身のキモ男、キモ女になってしまってもいいのか?

カネがあっても割り勘絶対主義で、
飲み会では毎回自慢話をする人間になってしまってもいいのか?

逆にどこかの経営者みたいに、
東南アジアで、自分の精子をばらまいて、
遺伝的に子孫と呼べる人間を500人生み出すというのはどうなのか?

バランスの良い人生を送りたいものである。

そういう生き方のバランス的なこともそうだが、
もっと小さいレベルでの依存も制御する必要がある。

酒、たばこ、ギャンブル…何に依存するか?

体質や脳の傾向によって、
人それぞれ何かに依存しやすいものである。

そしてストレスを抱えると、
依存対象に依存することでストレスを解消できることもある。
これは多かれ少なかれ、「必要」だと思う。

であれば、
悪性の高い依存対象よりも、
「マシ」さらには「良質な依存」に切り替えることができたら素晴らしいと思うわけだ。

私が依存しやすいのは
「酒」「タバコ」「ゲーム」「愚痴」「周囲への八つ当たり」である。
愚痴や周囲への八つ当たりに関しては20代前半で徐々に克服して、
30代からはやらずに済むようになってきた。

逆に女、SEXへの依存度は低いと思う。
私の友人には女性への依存が高い人がいる。
奥様がいても新規の女性をゲットしなければ生きられないタイプだ。

私の悪性依存である酒、たばこ、ゲームをよりマシな依存対象に切り替えることが
今の課題である。

健全な依存は
「適度な運動」
「瞑想」
「筋トレ」
である。
また、適度な労働も良い依存先だ。
ホワイト労働で、土日しっかり休み、有給休暇をフル消化できる
勤め先があるのであれば、それも非常に良い依存先だと思う。

私が捨てたい依存は
酒、たばこ、である。
この2つは徐々に捨てつつある。
酒は飲み会の席でしか飲まなくなってきた。
徐々に飲み会でも飲まなくしたい。

たばこも辞めつつある。

ゲームに関しては適度な依存にとどめる。
課金するソシャゲーなどはもってのほかであるが、
買い切りゲームを長くプレイするのはさほど問題ではない。
1万円程度で数か月遊べるので、問題ない。
アクション性の高いゲームはもうできなくなっているので、
戦略性の高いゲームを適度に遊ぶのは良い。

今後依存性を高めたいのが

「運動、筋トレ」である。
やりすぎると絶対身体に悪いと思うので、
ほどほどにだが、
やりすぎる程熱中できたらいいな。
とも思う。

誰もが何かに酔っぱらって(依存して)いないと

ケニーの最後のセリフに戻る。
人は何かを信じたり、依存しないと生きられないものである。

自分にとって適度に適切な依存先を見つけて、
それすら制御できるのが理想だ。

バランスよく生きよう。

をはり