人生とは時間というカードを「切らされ続ける」ゲームだ

心構え

人間50年

どんな天才でも愚民でも
1つだけ従わなければいけないルールがある。

それが「死」だ。

人生とは産まれた瞬間から落ちる砂時計である。

偉大なるスポーツ選手は30歳前後に迎えるピークのために
幼いころからスポーツというカードを切り続けて
成功した。

しかし無名な人でも同じようにカードを切っていた人がいたはずだ。
そこまで切ったカードは成功に繋がらず、
スポーツにコミットした人は勤め人になってしまう。

よくある話である。

人間50年 化天(下天)のうちを 比ぶれば
夢幻の 如くなり

という歌詞がある。
厳密には人間世界の50年という意味ではないらしいのだが、
実際に織田信長の生涯も約50年だった。

これに「もののあわれ」を感じない日本人はいないであろう。

さて、最近私はリーマンショック級の経済危機を予測しており、
なるべく時間を使わないこと、
新しい商売を始めて身動きが取れなくなることを警戒している。
そのせいでツイ廃のようにツイッターを眺めたり、
ゲームをして時間をつぶしている。

時間の無駄遣いではある。
そこでもう少し有意義に時間を使おうと決めた。

私的なことなのでここでは詳(つまび)らかにしないが、
とりあえずTwitterを追うのではなく、
ブログを更新していこうかな。この程度にとどめておく。

私がカードを切ってきた結果(ゲームは続く)

私も人生43年生きてきて、たくさんのカードを切ってきた。
モノにならなかったカードもある。

小学生から中学生までやっていた野球もその1つかもしれない。
一瞬プロ野球を志したこともあるが、
県大会にも出場できなかった。
幼いながらも、県大会にも出られないならば、
自分は野球で成功することは無理だろう。
そう思った記憶がある。

高校では陸上競技(長距離)の部活動をした。
これはチームプレイが嫌いだったから、
もくもくと走って体力を付けよう。
と、思ったからである。
チームプレイではなかったが、先輩、後輩、顧問の先生
といった人間関係は存在した。
非常に煩わしいことであったが、この辺で私は勤め人の適性を磨いていたのかもしれない。

高校までに、自分は平均よりは学力(勉強力)が高い。
と、自覚していたので、
部活動よりは勉強をしたほうが良いとわかったので、勉強に力を入れた。
私は「勉強」「部活」「恋愛」「ヤンキー」という
カードを持っていたが勉強に賭けた。

大学、試験の挑戦、結婚、子供、転職、大家業など、
選択肢が多数ある中で、最適と思われるカードを選んでそれに賭けて生きてきた。

結果、何を得られたか?

★肯定的に言えば
〇 比較的高給な給与
〇 家族
〇 副業としての大家業

平均と比べる意味はないが、勤め人の平均、日本の出生率などと比較すれば
大いに平均を上回る状態になっている。

しかし、全く同じ43年を生きた同世代の仲間を見ると、
大いに異なる。

すでに勝負は決している

私は経済的成功を優先順位の1番に置く性格なので、
あえて経済的成功を基準として考えれば

私の実家がある東北で生きる選択をした同級生たち、
私の兄弟は平均的な人生を送っている。

一方でSNSを見れば、
同級生でも巨大な企業を経営している人
不動産で巨万の富を築いた人
有名女優と浮き名を流せるほどの富を得た人もいる。

音信不通となってしまった地元の同級生たちの中には
死んだ者、失敗したものが多いのだろう。
彼らとともに学生時代を過ごしたことを思えば、
悲しい気持ちにはなるが、致し方ないことである。

それぞれが、それぞれのタイミングで
カードを切っていった結果、
違いとなったものである。

仮に違っていたとしても、
「人間50年」である。

「一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」

勝った人も、負けた人も、人生は死によってリセットされるのだ。
勝者にとって「死」は絶望であるが
敗者にとって「死」は救済である。

敗者は死という救済を前にどうするべきなのか?
人生の後半戦を迎えて勝者になるべく再起するべきなのだろうか?

40歳を過ぎて新しい分野で起業するのか?

30代後半となって、
プロ野球で戦力外通告を受ける選手がいる。
諦めずに復活を目指す姿には感銘を受ける。

30代になって、美しさが劣化していくアイドルがいる。
彼ら、彼女らが必死に若作りをして、
昔のように輝こうとする姿には哀れみを覚える。

さて、我々はどうか?

40代になって、「勤め人卒業」と言っているのは少々痛々しい気がしている。
確かにプロスポーツや芸能界ではなく、
ただ、自分と家族が生活していくための収入を
「給料」ではなく「自分の商売」に変えるだけなので、
難易度は相当低い。できないこともない。

但し、40年間間違ったカードを切り続けてきておいて
今になって新しいゲームに参加して、勝とうというのは
30代過ぎてアイドルをしているようなもので、
恥ずかしいを通り越して、滑稽である。

40代になってまで、婚活をしている男女。
これも滑稽だ。
それまで間違ったカードを切り続けてきたからこそ、
40代になっても不利なゲームで、
枚数に限りがあるカードを切ろうとしてしまうのだろうが。

私も人のことは言えない。
恥ずかしながら、40代になってまだ、
勤め人卒業というテーマに答えを出せずにいるのだ。

確かに、私の不動産CFは月50万円ある。
妻の不動産CFも月100万円ある。
夫婦で税引き後月100万円のCFなので、勤め人は卒業できる。

しかし!しかし!
私は不満だ。
自分の独力で成し遂げられなかったことが不満なのだ。

情けない。

妻と私、合わせ技で税引き後月100万円のCFで満足しようと思う。
私は一人では成し遂げられなかったが、
妻と二人で成し遂げたのだ。それでよしとする。

聖丁師匠やその周辺の起業家と肩を並べることはできなかったが、
私は敗北を受け入れるべきだ。
そんな時期に入ってしまったのだ。


40過ぎて婚活している人を私は笑えなかった。
40過ぎて勤め人卒業なんて、中学2年生みたいなことを言っている場合ではない。
そもそも私の長男は中3である。

穴があったら入りたい(いい意味で)

勤め人卒業、成らず

私は人生の後半戦に入り、
ここで勤め人卒業という看板を下ろす。

別に勝負しているわけではないのだが、
なんとなく勝負(ゲーム)にすると面白いのでついついやってしまう。

私の人生は「勉強」の分野でカードを切ってきたが、
司法試験という壁を越えられずに勤め人の世界に入った。
勤め人一本では、東京に集まる優秀な人々に勝てず、
「大家業」の分野でもカードを切って賭けてきた。
「大家業」の世界でも、天才が多く、私はいまだに泡沫投資家だ。

そこへ聖丁師匠がさっそうと現れ、大家業のみならず、
数々のビジネスを立ち上げていく。
私も「ブログ」を書いて、「Twitter」にも力を入れた。
アフィリエイトサイトも登録したし、Google広告も入れた。
しかし、どれもモノにはなっていない。
起業の分野でカードを切ってきたがこれもダメだ。

どの分野も、多少は形になるが、大成功はしていない。
私はつくづく凡夫である。

とはいえ、私の場合には
どの分野でも成功はしていないが、
致命傷を負っていないという強みがある。

勤め人としては総合商社の部長とまではいかないが、
ヒラ社員くらいの稼ぎがある。
大家としては年1,000万円前後の家賃がある。
家族もいる。妻と3人のムスコ。
どこへ出しても恥ずかしくない家族だ。
離婚の危機はあったが、乗り越えた(はず)。
どの分野でも大成功こそ成らなかったが、
平均的に全部平均点をクリアしている。

東京大学の受験のようなもので、国語数学英語理科社会(2科目)
多数科目でどれも平均点以上を並べたという点では、私はよくやっている。
(ちなみに東大には落ちた)

勤め人卒業というミッションは、失敗した。と言おうと思う。

私もすでに43歳である。

大家業界でも遅いほうだ。その意味では大家業のミッションでも失敗だ。
勤め人としても出世はすでに諦めてある。
勤め人ミッションも失敗なのだ。
家族のミッションだけは成功した。
最高の妻と、将来有望な3人のムスコ。

徳川家康公に倣う

私が最も尊敬する戦国武将は徳川家康である。

徳川家康が43歳の時
「小牧・長久手の合戦で秀吉に勝利」
している。
しかし、戦争で勝利して政治で負けたようなもので、
その後、家康は豊臣政権に組み込まれてしまうのである。

その後、秀吉が死ぬ1598年まで、耐えに耐えた。

私も潔く負けを認める。

〇勉強で負けた
〇勤め人で負けた
〇大家で負けた
〇独立起業でも負けた

4連敗である。

しかし、私は家康公と同じように、
家族と家臣団の結束という意味では着実に成果が出ている。

思えば家康公だって、
〇幼少期は今川と織田の人質生活
〇成人しては今川の家臣
〇今川が死んでからは信長に従属
〇同時並行して戦国最強の武田と戦う
〇本能寺後は秀吉に従属

負け続けである!

ただ、家康公は三河1国から、遠江、駿河と着実に領土を広げて、
本能寺の後、甲斐、信濃を手にしている。
武田信玄、今川義元という巨人を2つ合わせた領土を領有しつつ、
関東に飛ばされる。

負け続けながらも確実に領土は広げていたのである。

私もどれもモノにはならなかったが、
勤め人、大家、起業(ブログ、Twitter→X)は無駄にはなっていない。
ショボイながらもしっかり残っている。

勤め人卒業の看板は下ろすが、
私はまだまだ諦めていない。
ここからしばらく、地中に潜る。

また会おう。

ーつづくー