資本主義とは資本家のゲームである。

資本主義の分析

最近オンラインゲームをやっているが

最近ダメ人間であり、
オンラインゲームをやり始めている。

再びコロナ(オミクロン)が広まりつつあるので、
恐らくまたリモートワークへの圧力が強まってくると思う。
信長の野望の最新作も出るらしいので楽しみだ。

オンラインゲームというのはスマホゲームであるが、
どのゲームも同じ傾向がある。

それは
「カネを払った人が圧倒的に有利にゲームを進めることができる」
という事実である。

そう、オンラインゲームとは「カネを払う人のゲーム」なのだ。
カネを払わない無料プレイヤーははカネを払ったプレイヤーに殺されるだけ。
そういうシステムなのだ。

ゲーム開発会社も利益を出さないと維持できないから、
何かしらの収益を出す必要がある。
まあ当然の話だ。

さて、
資本主義というシステムをインストールしている、
現代の社会でも同じことが言える。

オンラインゲームが「カネを払った人」のゲームならば、
資本主義ゲームは誰のためのゲームなのだろうか?

資本主義ゲームの主人公は資本

答えが問題に書いてある。
資本主義ゲームの主人公は資本である。
資本家が握っているその資本だ。

つまり資本を持たない者は無課金プレイヤーと同じなのだ。
資本家のエサになるしかない。

資本家は商品を販売して利益を上げる。
上がった利益を資本に上乗せして、さらに大きな資本で商品を売る。

一方で、無課金プレイヤ-のような労働者は自分の労働力しか
商品を持たないので、労働力を売ってその日生きるのに必要な資金を得る。
その日生きるために必要な資金しか得られないから、
結局働けなくなるまで労働力を売って生きるしかない。

一方資本家は利益が出るように、労働者に給料を払うが、
その利益から自分の生活に必要な資金を得るので、
労働力を売る必要がない。
即ち自由なのだ。

オンラインゲームで勝つならばカネを払うしかないように、
資本主義ゲームで勝とうとするならば、資本家になるしかない。
ゲームを始めたらまずはマニュアルを読むのだ。
マニュアルに書いてあることを前提にゲームを進めて行く。

野球をやるならばピッチャーが投げるというルールを知らねば始まらない。
バッターは打球がフェアであれば1塁に走ると知らなければ点は取れない。

資本主義ゲームでは資本家にならないとゲームのプレイ権限さえ与えられないのだと理解しよう。

資本家の持つお金と、労働者の持つお金の意味の違い。

労働者も給料をコツコツ節約して老後のお金を貯める。
1,000万円貯まったとしたら、それは資本なのか?
残念ながら資本ではない。
ただの現金である。
将来消費のみに使われる現金に過ぎない。

一方で資本家の持つお金は、それが投資され、
更に増加するという性格を持つ。
労働者のお金は消費に限定された塊であるが、
資本家のお金はさらにそれを増幅させるための塊なのだ。

言い換えれば資本家の持つ資本とは「生産手段」である。
資本をさらに増やす生産手段なのだ。

この点が同じお金でも労働者と資本家で、意味が異なる理由である。

資本主義ゲームで資本家側になるためには、
資本、即ち生産手段を持たねばならない。
そしてその生産手段からお金の総量が、
自らの労働力という商品を売って得られるお金を上回った時、
私たちは労働から解放されることができる。

労働者の地位から解放されることは、
資本主義ゲームの1つのゴールである。
ドラクエⅢでいうところの、バラモスを倒したような時点だ。

ここから先は、労働力(=自分の時間)を売らなくても済む世界なので、
自由に生きたら良い。
ここから先のゲームについては私は知らないし、語る資格もないので、
資本家だけのゲームをプレイしている皆様に譲る。

労働力100%から労働力50%へ、さらに労働力1%へ

私の収入の内訳は
① 勤め先からの給与60%
② 保有する資産管理会社からの収入40%
である。
手残りキャッシュでこのようなバランスだ。

一方で私が労働者になったばかりの頃は、
当然
① 勤め先からの給与100%
以上である。
給与(手取り20数万円)をやりくりして日々生きていた。

無課金プレイヤーのように労働力を売って、
資本家が資本を増やすために働いただけである。

親からの遺産でもない限り、
人は皆、労働力販売益100%からスタートせざるを得ない。

しかし、
自分の資本(生産手段)を1つ持つことで第一歩を踏み出すことができる。

仮に
① 労働力販売益99%
② 自分の資本からの収益1%
であったとしても、このゼロと1の差は無限と言える程大きな変化だ。

これを2,3,4%へと増加させ、最終的に労働力販売益がゼロにするキッカケになる。
私はこれを資本論を知らずに、がむしゃらにやってきた。
テキトウに全力疾走したら、たまたま正しい道を走っていただけのこと。

賢明なる若い男性諸君にあっては、
迷わず、労働力販売益を積極的に資本からの収益に振り替えて行くことに邁進して欲しい。

つづく