上杉 景勝

戦国武将研究室
「上杉家 家紋」の画像検索結果

なんとなく景勝は昔から ALL80って印象があります。

志は 烈戦
「義を以て不義を討つ
軍神の教え、
貫き通すべし」

毘沙門天の再臨
謙信公は毘沙門天の化身なれば我はその意思を身に宿さん

威風凛然 
己を信じ、家臣を信じる我多言を用いず、臣の政を見守るのみ

父謙信の後を継いだ景勝。
彼は感情を表に出さない性格でした。
厳しい規律で家臣団をまとめ上げ、
戦乱の世を生き残っていきます。
その寡黙さは、父である謙信に
自身を近づけるためであったとも
言われています。

基本(軍神の後継者):大名自らが出陣すると、部隊の士気が上がる
条件(硬骨漢):敵より少ない兵数で決戦すると部隊の攻撃力が上がる
条件(応戦準備):領内での決戦で部隊の防御力が上がる
悪(風岸孤峭/ふうがんこしょう):新参武将(士官10年未満の家臣)の施策力が減る。

全体的に軍神とは程遠い劣化ぶり。
烈戦と言うより劣勢。

景勝は、生涯を通して家臣に
笑った姿を見せることが、
ほぼ無かったと伝えられています。
しかし、家督を巡る御舘の乱を除くなら、
彼に反乱を起こした人物は少なく、
不愛想ながらも国を治める手腕が確かだった
ことがうかがえます。

基本(義は我にあり):宣戦をすると他勢力が加勢しやすくなる
条件(佐渡奉行):金山のある商圏の金銭収入が増える
条件(執政体制):方策実行に必要な施策力が減る
悪(外交牽制):同盟勢力以外との交渉が不利になる

上杉景勝―上杉景虎ー武田勝頼ー直江兼続
統率 81―74―85―84
武勇 76―53―87―77
知略 78―72―72―87
内政 78―70―55―93
外政 76―70―60―89

むむむむ低い!なんかやけに弱い。
一応上杉景虎は完封してますが、
武田勝頼より若干弱いし、
直江兼続には完封ですね…。

統率81は織田信忠、丹羽長秀、伊達晴宗などと同じ。
なんかイマイチな志ですね。

五大老
1 徳川家康
2 前田利家
3 小早川隆景 ⇒ 上杉景勝
4 毛利輝元
5 宇喜多秀家

なので、もう少し評価が高くてもいい気がしますね。
うーむ。
まあ景勝は会津に移ってからいいとこなしでしたので。
やむなしか・・・・。

御舘の乱の動画だけ貼っておきます。

上杉家分裂

虎は美しく散る

戦国立志伝