2025年7月20日(日)

日々雑感

参院選だった。
案外自民も民主党も強くて、
結局旧勢力が権勢を誇っている。
私たちの世代が実験を握る日はまだ遠い。
もう45歳になった。

45歳がまだ若手な時代。
本当に長生きしないといかん。

戦国時代であれば、
織田信長45歳は1578年頃だろうか。
長篠の戦いで武田家を叩きのめして、
畿内の制圧を着々と進め、
文字通り天下人としての足場を固めていた時期だ。
あと4年で死ぬ。
戦国時代は産まれると1歳となる。
まあ、受精卵から数えれば確かに産まれて1歳というのは、
間違ってない。
現代の45歳は早い人は部長、平取締役となるポジションだろうか。
まだまだこれからである。

実際、勤め先の社長も60歳で精力的に出張や接待、ゴルフと
活動している。
あと10年はやれそうだ。

一方でウチの兄貴も43歳くらいで心筋梗塞をやって、
実家に傷痍軍人のように戻った。
「生き恥を晒しに参りました」
ってヤツだ。

健康に気を付けないと40代、50代は乗り越えられない。
健康は現代人の必修科目である。
徳川家康も、自分で薬学を学び、調剤していたと言うから驚きだ。
健康で天下を取ったと言っても過言ではない。

躍進した参政党の神谷氏も47歳という。
まさに人生のピーク。
この先にまだピークを持って来れたら、
歴史に名を刻むだろう。
仮に、ここがピークだったとしても、
爪痕を残した人生と言える。

私のピークも常に更新されている。
10代の頃はスポーツの才能がないことを理解して、
勉強に舵を切ってまずまずの成功を収めた。
20代には年収1,000万になりたかったが、
30代前半でそれは成し遂げた。
30代は停滞していた。
失敗をするための30代だったと言っても過言ではない。
それでも聖丁の思想に触れて、人生を台無しにするようなコケ方はしなかった。
40代になって30代の失敗から人生を再び上向きに立て直すことが出来た。

妻の相続で世帯年収は5,000万の大台に乗ったし、
世帯の資産規模も4億強、純資産も3億となった。
30代では半分以下だった。

人生の飛躍は努力していた方向とは全然関係ないことで成し遂げられることがある。
20代の時も、年収400万だったが、
妻と結婚して不動産を買わせたことで、私400、妻400、不動産200で、
30歳にして年収1,000万円の世帯年収になった。

年収1,000万を稼ぐ同級生たちに追いつきたいと言う願いが、
変な形で実現した。

30代では妻から離婚届を突き付けられる程の厳しい状況に陥ったし、
勤め先でもイジメを受けた。
ヤケクソになっていたら、妻とも離婚していただろうし、
転職してドツボにハマっていた可能性もある。
それでも、聖丁ラジオを聞きながら、愚痴をこのブログに書いて解消しながら、
なんとか乗り切った。

不動産で成功する投資家の家賃年収ウン千万というヤツに憧れながら、
何もできずに歯がゆい思いをしていたら、
妻の相続で世帯年収が5,000万に乗った。
いざ5,000万になってみると分かるのだが、
税引き後の手取りは2,000万ソコソコである。3000万はない。
毎月100万円は貯蓄するとしたら、もう800万しかない。
この800万円で生活している。
実際それほどの金持ちになったという実感はない。
結局、生活がシミったれてるから、
これ以上増えたとしても、貯金の額が増えるだけだ。
カネじゃないんだよ、カネじゃ。

とは言え、勤め人を辞めて年収を落としてまで、
やるべき事業もない。
今はそんな時期だ。
調子に乗って毎晩キャバクラに行こうと思えば行ける。
ただ、その辺りは30代でもうやった。
それはもう知っている。
勤め人として与えられた仕事+100%をこなすってヤツも、
20代、30代でやった。
さらにマネジメントを、という方向は断った。

妻の実家相続から3年。
3年じっと我慢して、調子に乗らず、勤め人を続けてきた。
次の展開も必ずあると思う。

私の人生が開ける時は、努力していた方向のドアは開かない。
東大のドアは開かなかったが、早稲田のドアは開いた。
司法試験のドアが開かず、低年収借金取りのドアが開いた。
勤め人としてのキャリアのドアは開かず、嫁の年収+大家+副業のドアが開く。
勤め人卒業してギガ大家のドアは結局開かず、勤め人+嫁相続という資産家のドアが開いた。

ここだ!と思って努力していたのだが、
「いや、こういう方向もあるよね」という形の提案で結果的に欲しいものが手に入る。
そんな人生な気がする。

まさに引き寄せの法則で、
願っていたモノが、Aルートではなく、Cルートで実現してしまうのである。

次に私が欲するのは事業家の道である。
独立自営+大家業。
多分これもその形では叶わないかもしれない。

地方議員+大家という形か。
ネット芸人+大家という形か。
そもそも私が想像できるような形ではないかもしれない。
勤め人+大家の継続による拡大かもしれない。

ただし、願い、努力することをやめてしまったら、
何もかなわない。
それだけは間違いない。

「そんなにうまくいくはずがない」
という引き寄せの起点を置いてしまうと、
「実現しない」という未来が実現する。
その意味で引き寄せの法則は絶対なのである。

気を付けような。

をはり