2024年2月16日(金)

日々雑感

誰からも注目されない物件を安く買って、
普通の値段で貸すんだ。

私は千葉県市川市に住んでいたことがある。
市川駅徒歩10分のURの賃貸住宅に住んでいたのだ。

家賃は14万円・・・(A)

しかし、駅徒歩1分の駅直結タワーマンションの家賃は、
ほぼ同じ間取りで家賃25万円である。・・・(B)

さらに、駅徒歩15分、築30年以上経過したマンションの家賃は
同じ間取りで10万円・・・(C)

当たり前の家賃の差である。

家賃の差はすなわち物件価格の差となるのだが、
家賃の額は高い方から順に

(B)>(A)>(C)

となるだろうし、
物件価格の差も

(B)>(A)>(C)

である。
しかし、収益性は真逆になる。

(C)>(A)>(B)

こうなっちまうのだ。
一般的に「誰もがいいと思うモノ」は高くなる。
しかし、「誰もがいいと思うモノ」は「収益性が低い」

1,000円の赤ワイン
10万円の赤ワイン

どちらも同じワインだが、
味は10万円の方が良い。価格も高い。
しかしだな、
1,000円のワインが10万円のワインよりも100倍ウマいかというと全然そんなことはない。
アルコール度数も同じなので、酔うという効果も同じだ。

名よりも実を取る

ということわざがあるが、
まさに収益性が「実」すなわちCだ。
価格が高いというのは「名」である。

バブル(モノの価格がモノの価値を超える高値を付ける現象)とは「名」だけが膨張していく状態である。

バブルが崩壊すると、価格が下がるものの
本質的な需要だけは消えることはない。
「衣食住」は人間が生きるために必要なことだからだ。

現在のような異常な価格高騰はいずれ崩れる。
崩れた時に最もダメージが大きいのは、
贅沢品だということだ。

私は絶対にキャピタルゲインを目的にした投機は行わない。
モノ本来の価値は定期的な収益に現れるのである。
だから不動産の売買を法律で10年規制されたとしても全く困らない。
今持っている不動産を貸し続けるだけの話だ。

更に私は最初の例でいうと、(C)タイプの家しか持っていない。
確かに供給過剰になれば、
(A),(B)タイプの貸家の家賃も下がり、
(C)タイプは一切売れなくなってしまう。

だから、地方都市は絶対にやらない。
都心はそもそも新しく建築できる土地がないのに
常に人口が流入する。

金持ちを楽しませるために
貧乏人が集まってきて、低賃金労働をするのが東京だ。
低賃金労働者が住むのは安い家なのだ。

とはいえ、
東京で受け取る家賃10万円も
富山で受け取る家賃10万円も
等価だ。

しかし、
東京で受け取る家賃10万円に必要な投資金額は3,000万円
富山で受け取る家賃10万円に必要な投資金額は1,000万円だったりする。

であればより必要金額が低い地方エリアで投資した方が合理的であることは確かだ。
私も東京に通勤する勤め人ではなく、
仙台に通勤する地方公務員になっていたら、
もう少し有名な投資家になっていたかもしれない。

産まれる場所、時代も含めて、
「運」、運命だ。

産まれ、育つ家庭で手に入れたカードで勝負するしかないんだ。

私はある程度勝ったし、これからも勝利する。
ある程度勝利が確定したので。
ここから先は勝負をしない。
という勝負になる。

そもそも勝負をしなければ負けない。
ゼロから出発した時は1日1日、1手1手が生きるか死ぬかの勝負の連続だ。
勝負しないとゼロのままだ。

100まで積み上げることができたら、
負けたら全部失うような博打はする必要がない。
100から生じる5だけで勝負して200迄増やすのは容易である。

何が言いたいかというと、
贅沢は敵だ。

【今日の勤め人】
〇特になし。仕事の棚卸、雑務処理、仙台出張弁護士手配。

【俺の商売】
〇ひたすら待ち、銀行の融資実行まち。

をはり