45歳にもなると、残り15年で定年が見えてくる。
この歳になると「成長」というキーワードに対する意識が全く変わる。
20代、30代であれば、勤め人としてのキャリアなんてもんが
重要な気になってくるが、
折り返しもだいぶ過ぎてくるとそうでもない。
他人の会社の決算書を分析して将来予測をするのが、
非常にあほらしくなる。
自分の未来が残り少ないのに、
他人の会社で労働することの意味が希薄化していく。
どうせ60歳にもなれば、お払い箱である。
60歳でお払い箱になる会社のために今成長してどうするのか?
会社の成長よりも子供の成長の方が楽しい。
それでも資産がなければ成長という嘘にすがって
勉強する気にもなるだろうが、
偽薬みたいなものだ。
実際意味はない。
安心したいだけだ。
死後の世界や来世という幻想に近い。
現実は60歳で固定的な収入を失い、
多少の手切れ金(退職金)を受け取って、
厄介払いされるだけなのだ。
45歳で検討するべきことは、
生涯自分を裏切らないものに投資していくことである。
家族、資産、自分の商売である。
今日は歯科医に行ったが、全体をレントゲン撮影してくれて、
あと5年は来なくても大丈夫だろう。
と太鼓判を押してくれた。
料金は1,000円である。
青山先生、大丈夫だろうか。
もうける気がないのかもしれない。
をはり