朝倉 義景

越前朝倉家
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朝倉 義景(あさくら よしかげ)
生誕  1533年10月12日 ~  死没 1573年9月16日

志は「第二の京」
この義景、越前の地にて京を超える都を築き上げん

名門栄華
名門に宴なき夜はなし
舞を踊り杯を交わそう

領国繁栄
愚かな戦にて何をか得ん
領内の繁栄こそ主の勤めなり

義景は、一乗谷に京から多くの文化人を招き、一代文化圏を築き上げました。そしてまた朝倉家の家格の向上に努めました。こうして誰も武の力で治められなかった複雑な権力構造を持つ越前の地を曲水の宴などの文の権威で治め、豊かにしていったのです。 

基本(一乗谷文化):朝廷からの使者が来訪しやすくなる 
条件(義景書状):親善の効果が上がる 
条件(高貴なる国):拠点の人口が増えやすくなる 
悪(文弱の徒):家臣の忠誠が下がる

義景は、新たに大陸との貿易路を直接開いて、貿易の収益を上げ、領国繁栄に大いに寄与しました。一乗谷に残された再域のガラスや唐物の茶器からはその豊かさがしのばれます。一乗谷にはガラス工房もあり、新商品の開発も行われていたようです。

基本(日明貿易):港のある商圏の金銭収入が増える 
条件(越前の良品):投資で変動する影響力が上がる 
条件(国際港):取引できる量が増える 
悪(覇気皆無):戦意の通常時の上限が下がる

統率 37
武勇 39
知略 42
内政 58
外政 48

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