起業家は社会不適合者である場合があるが、社会不適合者が起業家になるわけではない

ビジネスの話

学校教育は勤め人養成システムだ

私は常々、教育とは「勤め人養成システム」であると説いてきた。
学校の延長線上には工場労働から高級官僚まで、
組織で働くことができる人間を育成するプロセスとなっている。

で、あるからして、子供から
「なぜ学校に行かなければならないのか?」
と、聞かれれば、立派なサラリーマンになるためだ。
と、回答する。
「サラリーマンになんてなりたくない」
と、聞かれたら、
「その代替案を提示せよ」
と言う。

望むと望まざると、日本人として私の息子に産まれた以上は、
資本主義のシステムの中で生き残るしかない。
資本主義のシステムの入り口は自営業者になるか、勤め人になるか。
これしかない。
私は大富豪ではない。
しがない勤め人の兼業大家である。
資本家としてスタートラインに立たせてあげられないことは申し訳ないのだが、
まあ99%の人は同じ条件だ。

宝くじが当たらないと言って怒るのは時間と体力の無駄遣いだ。
甘んじて受け入れよ。

さて、自営業でスタートすると言っても、
実際は何の経験もないのだから、
ラーメン屋になるにせよ、床屋になるにせよ、
現実的には勤め人でスタートするしかない。
ある程度勤めながら修行をして、自立するのである。

その意味で、学校というシステムにはある程度適応できた方が良い。
不登校なんてやっちまうと、
勤め人システムで1か月も我慢できない身体になってしまう。
と、いう訳だから、学校というシステムは、
独立自営を目指す人にとっては「嫌なことを我慢してやる練習」とも言えよう。
この嫌なことを我慢してやる。
というのもかなり重要だ。

イヤイヤでも笑顔でやっておけば1分で片付く問題が、
反抗的だと処理に1週間かかると言うのはよくある。(クレーム処理など)

前置きが長くなってしまったが、
学校が勤め人養成機関であるのだから、
当然、起業はその枠からははみ出してしまうことになる。
勤め人を辞めなければ、起業できない。
で、あるからして、起業する人は学校や勤め先という社会においては「社会不適合者」であるともいえる。

起業に向いている人は勤め人が勤まらない?

勤め人として有能な人は、起業には向かないことがある。
起業してやっていける人は、勤め人としては無能と評されることがある。

セールスゴリラのような敏腕営業マンと、誤字の1文字も見逃さないコンピュータ経理マン。
勤め人の中にも正反対の人種がいる。
起業して成功する傾向にあるのが、セールスゴリラであり、
コンピュータの成功例はあまり見たことがない。

セールスゴリラ君は組織が大きくなって、事務処理等をやらせてしまうと、
ゴリラなのでミスを頻発してしまう。
会社内での評価が下がり、出世から遠のく、
「アホくさ、やめるわ」
と言って起業したり、個人プレーの可能な別の会社に転じて、
また成功していく。

そんな人を何名か見ている。

人の傾向はゴリラかコンピュータかと単純に区別できるわけではなく、
グラデーションがあるから、単純化してはいけない。
大まかな傾向として捉えておきたい。

しかし、不登校、ニート、会社のお荷物君は起業に向いているとは言えない。
残念だ。
誠に残念だが、勤め人不適合者だからと言って、起業したら成功するわけではない。
起業したら成功する人に勤め人不適合者の傾向があるとは言え、
両方でソコソコうまくやる人の方が多いのが現実である。

英語と数学で高偏差値な人は、国語も社会も理科も高偏差値になるのと似ている。
勉強がおできにならない人が経営者向きなのであれば、
成功する起業家は中卒だらけになるはずであるが、そうはならん。

だから勘違いしてはいけない。
不登校、ニート君、会社の窓際諸君(私も含めて)は、それでもなお、
起業したら失敗する可能性が高い。

それでもなお、起業するのは何故か?

ちなみに私は、勤め人は得意なほうである。
しかし、本来の性格からいうと、これは矯正されたものだ。
私は元来、反抗的で嫌味な性格で、空気が読めない。

だから勤め人となって3年は苦労した。
10年経っても少々そういった部分が顔を出すことがあった。
20年経ったら完璧に抑え込むことが可能になった。

しかし、しかしである。
愚かな判断をする人には心のどこかで反抗心がある。
結果を出さない上司に対しては「この無能が!」と、罵(ののし)る心がある。
表には出さないものの、この心は消すことができない。
恐らく35年勤め人をやったら完全に消えるかもしれない。
(単に60歳近くになって衰えるからだが)

私は今、心から起業したいと望んでいる。
正確には、家賃収入だけでもソコソコ生活できるレベルになってきたから、
他人から口を出されない仕事をしたい。
ということだ。

元来司法試験を目指して弁護士になろうしたくらいだから、
独立自営の精神があるのだと思う。
合格できなかったのは、成長するためには、勤め人をやれ!
という前世からの宿命、神の意思だと思っている。
まあそれも20年勤めてきたわけで、そろそろ、自分の好きなように会社経営をやりたいなと思う時期に差し掛かったというワケだろう。

ただ、起業はするけど、恐らく社員は雇わない。
事務所も借りない。
自宅兼オフィスでPC1つ。
一人社長の会社にすると思う。

家賃だけ黒字になる程度のショッパイ商売をして思うように楽しくやりたい。
とは言え、資本主義は稼がねば無価値である。
好き(=得意)なことを主体に、楽しく稼ぎたいものだ。

つづく