ハイスぺサラリーマンとは

自己資金の稼ぎ方

私は多分、ハイスぺサラリーマンである。

世の中の多くの勤め人が欲しいポジションであり、
多くの子育てをする親が、
自分の子供にこうなってほしいというレールの上に乗っている。

具体的な定義は
① 年収1,500万円以上を30代で実現

このあたりであろう。
この、ハイスぺサラリーマンというポジションを
大企業で得られた場合には、
特に「勤め人+アルファ」を目指す必要もない。

淡々と定年まで勤めあげれば人生アガリ。
である。
恐らく、大手総合商社、TOYOTAやHONDA、大手メーカー等。
多くの有名大学の卒業者が目指すルートだ。

イケハヤ尊師がディスる勤め人、社畜とは

「ただし、ハイスぺは除く」
なのである。

私はたまたまハイスぺになった。

私は大学新卒で「司法浪人」を選択してしまった。
その後、司法試験も諦めて、
債権回収会社に就職。
初任給は年収300万円であった。

その後投資用不動産販売をやって年収220万円に。
その次には年収400万円弱の会社に入って
3年程過ごした。

「年収400万円の給料でいい」
と、開き直った。
給料は400万円なのだと。

給料400万円のほかに実力で400万円稼ぐんだ

これが私の決意だった。
まずは年収400万円の妻と結婚して、
「世帯年収として年収800万円」に乗せた。

同時にダブルワークをして年収180万円、
不動産(中古区分)を買って年収90万円を手に入れた。

世帯年収は1,000万円を超えたが、
妻が育児休暇で年収800万円に戻り、
さらに不動産を買い進めた。

もがいていたら、会社が倒産した

年収400万円でもがいていたら、
勤め先が倒産した。
3年勤めていた。

そして、大手投資銀行の子会社のサービサーの
ポジションがあったので申し込んだら合格した。

年収の提示は700万円だった。

400万円の給与で定年まで労働するつもりでいたから、
生活レベルは低かった。
1LDKの家に家族3人だった。

苦労せずに世帯年収は1,200万円迄増加した。
ここからは毎年1件ずつ不動産を買えた。

いよいよハイスぺに

そのうちに昔の外資系金融マンから
誘いを受けて投資ファンドに転職し、
私はハイスぺになった。

勤め人など年収400万円で十分!
と、覚悟を決めたら、年収は10年も経たないうちに
3倍に増加した。

大学の同期が新卒で入社して、
30代で1,000万円プレイヤーになっている頃、
やっと追いついた。
追いついた上に、
私は多数の不動産を持っていたので、
年収は単純に彼らの倍以上になってしまった。

必死でもがいていたら、
いつの間にか私は彼らを大きく引き離していた。
妻は仕事を辞め、実家の手伝いをしながら、
子供は保育園に預けて、ニート的な生活を手に入れた。

まあ、28歳で年収400万円しかないわたしを選らんだのだから、
当然の権利なのかもしれない。

世の勤め人の99%はハイスぺにはなれない。

これが現実だと思う。
私がなぜハイスぺに上れたか?
と言えば、
「不良債権ビジネス」
という、当時としては最先端の業界に就職したからである。

私より年上にこの業界に精通した人は少ない。
私より若くてこの業界を選ぶ人が極端に少ない。
そんな事情がある。

古い業界では年上がたくさんいるので、
彼らが高給を得ているうちはそのポジションが空かないので、
まず、若くしてハイスぺの立場を得ることは不可能であろう。

大企業は中途採用を積極的にしないことも要因となる。
ハイスぺになるのは狭き門なのである。

腹を決めて+アルファを取りに行け

30歳当時年収400万円だった私はダブルワークで
手取り+15万/月、不動産から∔3万→8万→13万と、
着々とキャッシュフローを拡大していた。

勤め人の仕事での年収UPは完全に放棄して、
+アルファの増加を狙い続けていた。

当時の想定では40歳でも給料400万円でやっていくつもり
だったのである。
当時より想定外に妻が引退したり、
子供が3人いたり、
お受験まで始めるとは思いもしなかったが、
もし年収400万円のままだったら、
子供二人、妻は依然として共働き、子供は公立のみ。
など、もう少し慎ましい生活をしていたかもしれない。

ハイスぺになるというラッキーパンチは期待するものでも
狙うものでもない。
元外資系金融マンに誘われるなんて言うのは
偶然の産物である。

年収400万円に嘆くよりも
さっさと勤め人仕事を終わらせてダブルワークと不動産投資だ。

ちょっと自慢のようになってしまったかもしれないが、
私の勤め人としての成功は再現性がない。

しかし+アルファの始め方、育て方は再現性がある。
是非実践して欲しい。

私の子供には
高学歴→ハイスぺリーマン+不動産投資→卒業
というルートを目指すよう指導している。

もし高学歴が取れなければ
低給ホワイト→勤め人+アルファ→卒業
このルートを選ぶことになる。

ホワイトにもなれないFランク大学であれば
職人 → 職人+アルファ → 一生それで

こんなルートがいいと思っている。
いずれにしても若いうちに急いで雪だるまを転がし始めることだ。
私のようなタマタマラッキーがなくても、
40歳までには普通の生活レベルならば勤め人をしなくてもいい状態まで持っていけるはずだ。

私の子供らを含めて、
是非若い皆さんには頑張ってほしい。

現代はサウザーラジオもある!
楽しもうぜ!