禁煙継続中だが禁酒に挑戦する
2025年12月27日以降、飲酒していない。
まあ、既に自宅で酒を飲まなくなって久しい。
5年は経ったと思う。
自宅では「お酒飲まないパパ」としての地位を確立している。
実は禁煙したのは外だけで、
自宅では喫煙している。
どういう理屈なんだ?と訝(いぶか)るかもしれないが、
勤務時間中にタバコでいない人と思われているようなので、
やめた。それだけだ。
別に勤め人としての評価など気にする段階でもないのだが、
喫煙用具を外で持ち歩くのが、とてもバカバカしくなったのである。
家でも吸わなくていいという説があるが、とりあえず
問題意識は外出時の喫煙が嫌になったというわけで、
自宅でしか喫煙しないのであれば、(それも加熱式のみ)
もう、他人から見たら喫煙者ではないというククリになると思うのだ。
さらに、もう1歩踏み込んで、
酒を辞めようと思う。
というか、酒の席、これ自体もういいかなって思う。
人との付き合いでの酒の席。
これも、申し訳ないが、参加しない方向で調整していく。
これは勤め人を辞める準備とも言えるのだが、
飲酒はもうええでしょう。

と、思う。
勤め人の酒の席には嫌々顔を出すが、
飲酒はやめる。
というか、積極的に断っていく。
勤め人に限らず、プライベートでも酒が入る席にはもう顔を出さない方向で行きたい。
理由は、特にないのだが、ここ2週間程、飲酒しない生活をしてきた。
夕食で義母、義姉と同席したのだが、それすら、面倒だった。
そうなんだ。
そもそも私は大人数でメシを食うという行為そのものが嫌いだったのだ。
それが嫌いだから、もう酒でも飲んで嫌な時間をごまかそうと思って、
深酒していたのである。
そもそも酒がいやなんじゃなくて、多数の人間が集合しているのが大嫌いなのだ。
かと言って少人数も嫌なヤツといるのは嫌だ。
好きな人と少人数ならいいのか?
という消去法でいっても、いや、別に好きな相手を好きな理由はメシではない。
つまり、だ。
私はそもそも食事を他人と一緒にするのが嫌い。
これだったのだ。
そもそも論。
メシを他人と食うのが嫌なのだった。
メシくらい一人でゆっくり食べたい。
自分が今までこういう人間だとは知っていたが、
一歩進んで、そもそも他人と食べたくない所まで来てしまった。
来たというか、もともとそうだった。
禁酒に挑戦するというか、
食事会的な夜の無駄な時間、全部やめたいというのが本音だ。
メシくらい一人で好きなものを食べたいし、
時間の無駄だ。
それによってビジネスが停滞するならそれで全く構わない。
酒やメシでビジネスが上手くいく場合もあるだろうよ。ゴルフとか。
ただ、それを全て捨てたとしても、
私は困らない。
酒、メシの席で産まれるコミュニケーションは一切遮断して1億円の機会損失が出るとしても、嫌だ。
いやだいやだいやだ。
単純に他人と理由もなく飯を食うのは気持ち悪いし、
理由があっても嫌だ。
ちなみに家族でも嫌だ。
子供と一緒にメシを食うのも嫌だし、
親とも嫌だ。
年1回か2回程度ならいいけど。
毎日となると嫌だ。
コミュニケーションはゲームをしながらお互いに目を合わせずにやるのがいい。
LINE上だけならなおいい。
本当の自分と向き合った結果
今年の正月は人とも可能な限り会わず、
おせち料理の取り寄せもやめた。
正月料理は一切無視、モチも食わずに、平日と全く同じような生活をしてみたのだ。
外出は義母との外食1回のみ。
家族での外食もなし。
初詣は家族で行ったが、それだけだ。
これはある種の実験だったのだが、
正月的なイベント、一切無視したらどうなるのか?
という一人社会実験である。
ただ、お年玉やら、年越しそばやら、
必要最低限、家族としてのイベントには参加した。
それ以外の正月的な義務感を全てフル無視である。
紅白歌合戦も見ないというか、テレビ自体無視。
徹底して自室に引きこもっていた。
結果的に、例年よりも明らかにストレスが軽減した。
その証拠に、年始は1月8日までは休んでもよかったのだが、
もう1月5日には会社に行きたくなってしまい、
もう1月6日には実際に出勤してしまった。
やはり人とのコミュニケーションってヤツは相当デカいストレスを発生させるようだ。
それが得意な人は構わんが、私はこのストレスに極めて弱い。
特に政治家なんてやっちゃダメなヤツだ。
それもあって、飲み会の席では深酒になっていたのだと思う。
ストレスを軽減するためにアルコールを飲むと言う悪循環だ。
確かにそもそも私は社交的な人間じゃないし、
なるべく人と対面で会うよりも、電話、電話よりもメールという性格である。
歳を取ってきて、ますます、それを顕著に感じるようになってきた。
問題は酒ではない。過度なコミュニケーションだ。
そもそも、目的なく人と会うという機会を全力でへらしていこうと思う。
可能な限りゼロが望ましい。
家族も含めてなるべくコミュニケーションを減らしていきたい。
ただ、これは会話をなくすという意味ではない。
目的もなく、ただ、会ってしゃべって時間を浪費する。
これをやめるということだ。
1度会う以上は明確な目的を設定してから会うのである。
無駄な飲み会も参加しない。
明確な目的意識もなく、命の次に大事な金、時間を浪費しないと言っている。
行く以上は明確な目的意識を持つ、
目的達成のために、酒は不要だ。むしろ思考力が奪われる。
そもそも相手に発する1言、1言大事にしているだろうか?
頭に浮かんだことを検証もせずに相手に投げつけているのではないか?
そう考えると、コミュニケーションの重要性を説く言説は多いが、
その内容、質が検証されることが少ない。
飲み会や食事に行くのはいいことだ。
と、無条件肯定論すらある。
俺はこれにNoを突き付けるのだ。
単なる禁酒じゃねえ。
コミュニケーションをシャープにするという改善なのだ。
今回の禁酒は、勤め人の人間関係をこれ以上深める必要がないという決別宣言であり、
不退転である。
さらに、ダラダラコミュニケーションをぶっ潰す!
そこに主眼があるのだ。
をはり