不動産のことを書くわけでもなく、
嫌々勤め人をやっている感じを出しているSATです。
おはようございます。
(だったらさっさと辞めればいいのに)
という熱烈な読者の意見が聞こえてくるのであるが、
それはその通り。
私は極めて性格が悪い上に、
理不尽を見つけて堀って騒ぎたいというメンドクサイ性格である。
例えば、
次男が近所のベンツに自転車をぶつけて、
38万円の請求が来たのだが、
保険会社の弁護士に対してガチ勝負をしかけ、
「千葉簡易裁判所を何往復もしますか?法廷で待ってます。」
と、喧嘩を売ってしまった。
大学生以来久しぶりに商事法務を買い、
手ぐすね引いて判例を叩き込んで、
過失割合は5-5で、最後は20万以下に値切る。
と、息巻いていた。
要するに揉め事というか、理不尽に自分から首を突っ込んで
騒ぐのが結構好きなのである。
好きな自覚はないのだが、そういう場面を見ると、
当事者になって突撃したい。
そういう本性がある。
これはもうどうしようもない。
悪い癖である。
もう家賃収入の方が多いんだから、
天才()上司君や、指名解雇上司の相手なんかしていないで、
さっさと辞めて、自分のビジネスを拡大すればいい。
普通はそうなのだ。
だが、指名解雇みたいな違法行為をやる上司や、
自分の不始末を棚に上げて、私が社員不適格だ。
なんて直接いうヤツらなもんだから、
何かミスでもしでかしたら、足をすくって転ばしてやらないと気が済まない。
何かねぇか?
と、日々、サボリーマンしながら探している次第である。
まあ、こっちがそうだから、
相手もこっちを攻撃する材料を探しているわけだが、
残念なお知らせだ。
俺は一生懸命働いている時はミスをするが、
8割の力で働いている時は殆どミスをしない。
おまけにこっちはヒラ社員だ。
ミスしても大したことはない。
と、ここまで書いて、
俺は本当にしょうもないヤツだ。と、思う。
要するに勤め人を20年もやってしまうと、
こう言うしょうもない46歳になってしまうと言う訳だ。
勤め人大家なんてもんはだな、
さっさと抜けて、専業大家の世界なり、
事業家の世界に行った方がいいという話だ。
まあ、それ(勤め人のダメっぷり)を含めて、
このブログなので、
反面教師として読んでもらえたら幸いである。
さて、
勤め人とは精神を病む仕事だ。
そもそも私が債権回収の仕事を選んだ理由は
「営業が嫌だ」
という理由がある。
投資信託でも、投資用不動産でも、
買いたくない人を説得して買わせるというのが嫌だ。
保険もそうだ。
営業されて嬉しい人もいるのだが、
断られたり、うわ、めんどくさー!と、思われるのが嫌なのだ。
そりゃそうだ。俺も嫌だから。
それで、借金取りなら、相手は債務者。
そもそも何故借りた?なぜ返さない?逃げるのか?
ヨシ、訴訟だ。
と、正義(法)の力を振り回すのは非常に楽しい。
知的興奮を覚えたものだ。
特に司法試験まで受験していたから、
せっかく勉強したものだし、
教科書で学んだ知識が、どう現実世界で運用されているのかを見るのも楽しい。
まさに私にとって債権回収はハマリ役だったのである。
30代前半までは、どの会社に行ってもNo1だった。
しかし、今の会社では全くこの法的知識は役に立たん。
政府のカネが入っているので、回収がぬるい。
回収がぬるいから、投資のパフォーマンスもインフレ率以下のひどい有様だ。
それでも、政策投資だから政府は文句を言わない。
そりゃそうだ。
予算を消化して、官僚自身は手を動かさなくても、なんか知らんけど、
民間が勝手に実績を出してくれるのだから、
ファンドってのは楽だろう。
おまけに予算を消化すると言っても、出した金はちゃんと帰ってくる。
予算を使わずに実績だけ取れるし、労力もかからない。
まあ、緊縮財政にも非常に親和性が高いわけだ。
仕事はハッキリいって、ツマラナイ。
面白くもなんともない。
回収もヒリヒリしたギリギリの勝負はない。
ただ、給料が高い。
異常に労働分配率が高い。
つまらない仕事であるが、給料が高い。
給料よりやりがい、なんていうのは嘘だな。
仕事にやりがいを見出すのはアリだと思うよ。確かに。
ただ、勤め人の仕事にやりがいを見出すのは「ストレスの軽減」が目的で、
給料が関係ないってのは嘘っぱち、きれいごと、タテマエである。
給料が高ければ問題の半分は解決する。
ただ、営業(特にリテール)が嫌いな俺にそれをやれと言う場合には、
給料が高くても嫌だし、アホみたいに残業が多いのもダメだ。
その意味では半分しか解決しない。
しかし、営業はしなくていい。
回収は好きだが、別にそこまで必死にやらんでいいよ。
給料は高い。
こうなったら、給料を下げてまで、
好きな仕事をやる!とはならんのである。
客観的に見て、世間の優秀な学歴を持っている人が、
年収の高い順に就職しているのは明らかだろう。
アホみたいな学費を払って私立大学の医学部に行くのは
カネのためだ。
もう隠しようがない。
口では何とでも言えるが、行動に嘘はない。
正直者だ。
そして私は、言行一致が好きだ。
ハッキリ言う。
勤め人はカネと仕事内容で決まる。
正直に言って、今の勤め人の仕事はツマラン。
面白くもなんともない。
なんで投資の仕事なのにパフォーマンスが、俺の個人の大家業より悪いのか?
意味が分からん。
政府の金を運用するから、もうルールがガチガチで、
「むしろ儲けるな!って言ってます????」
というレベルだ。
もうハナクソほじりながら回収するしかない。
そうはいっても、過去数十人の退職者を見送っている私としては、
決して楽な仕事だと言うつもりはない。
私の優秀さを踏まえて、楽だと言っているのであり、
標準的中年男性には厳しい仕事かもしれないし、
案外、「なんだこのクソみてぇな仕事は」と、思って呆れて退職した人も多かったと思う。
ま、
私はそうだったと言うだけで、
勤め人の生き方の中にも生きがいを見出して頑張っている人も居ると思う。
しかしだね。
9割以上の人はそうじゃない人生を送っていると思う。
どこかで妥協したり、現実を正当化して勤め人を続けているのだ。
かく言う私も、5割は嘘と妥協で勤め人をやっている。
5割は怒りである。
怒りを原動力として、株式会社SATを設立して、そこでビジネスを回してきたのだ。
原動力は怒りと言ったが、これは自分に対する怒りだ。
学歴でも資格試験でも、勤め人でも突き抜けられなかった俺。
負け続けの人生を送らざるを得ない。
ふがいない俺に対する怒りなのだ。
怒りをぶつける対象は「資本主義」である。
これは俺と資本主義の戦(いくさ)なのだ。
私の武器は表裏卑怯の頭脳と面従腹背の勤め人労働、そして搦手の本体「俺の法人」
である。これらの武器を持って資本主義と一戦(ひといくさ)仕る次第。
まさに資本主義という権威は徳川家康公そのものである。
天下そのもの。
私はいつも家康公の人生をなぞりながら自分を誘導するが、
大名家の長と、単なる勤め人風情。
現実は大阪夏の陣の真田兵の一兵卒レベルでは、ある。
百姓兵ではあるものの、
ここまで20年かけて、上位1%の勤め人年収と、
副業としては同じく上位1%であろう事業を回してきた。
これも全て「永続的資産家階級への成り上がり」このためである。
勤務先にはお私立の医学部に息子を入れて、
まさに人生を投げうって次世代に賭けている人もいる。
ただ、俺はそのやり方は違うと思っている。
そのやり方はサステナブルじゃない。
まあ長くなったので今日はこの辺で。
をわり

