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2025年11月9日(日)

日曜日である。

日曜日になると考えてしまうのが、
翌日からの勤め人だ。

勤め人のことを考えると
「いつやめるか」
ということばかりを考えてしまう。

勤め人の給与額がピークに達するのは、
私は50代前半かなと思っていたが、
実は50代後半らしい。

金融業界にいると、55歳で一区切りみたいな
「役職定年」という謎の多いシステムがある。
MUFJグループがそれを廃止するという情報もある。

まあ、私も色々考えることもあるが、
それこそ「死」みたいなもので、
いつかは必ずやってくる。
それが勤め人卒業である。
どうしても退職しなければならなくなる日はやってくるのだ。
あまり思い詰めて考えなくてもいい気がする。

こう言ってしまってはアレだが、
別に勤め人を卒業した人達の日常生活を見ても羨ましいとは思わない。
ただ、自分の会社経営にフルコミットして成長させていく姿は、
羨ましい。

昨日はフルコミ営業マンと飲み会があったが、
独立自営でやっている保険マンだ。
楽しそうだ。
(保険は俺はやらんが)

好きなビジネスを自分の責任でぶん回すのは楽しいのだ。

かと言って、
それほどストレスもない勤め人の高給を投げ捨てて、
ニートになるのも非合理的だ。

長いことこの業界にいるが、
「この業界に残れ」と何か因縁じみたものを感じる。
何かがあるのかもしれない。

私の涙腺が崩壊するストーリーがあって、
戦争に赴く兵士、そのまま死んだり、家族に宛てて書いた手紙などは、
すべからく泣いてしまう。
なぜだかは分からない。
多分、前世で私が特攻隊員か、玉砕した兵士なのだろう。

戦国時代の主君を守るために死ぬ武将。
これも涙腺崩壊だ。

鬼美濃こと馬場信房が、武田勝頼を逃がすために殿(しんがり)を買って出て、
死ぬ場面があるが、そういうヤツだ。
ただ、これは前述のストーリーよりは泣けない。
恐らく部将クラスではなく、末端兵だったのだろう。私は。

つまり、
こらえ性がなく、諦めが早い私が、今もこうして勤め人をやっているのは、
何か因縁があるのだと思う。
「俺が生きてきた理由はこれだったんだ‥‥。」
というイベントが今後あると思っている。
ここで、これをするために俺は産まれて、生きてきたんだ。
というイベントである。

信長で言ったら武田家を滅亡させた瞬間か。
秀吉で言ったら、小田原征伐か。
家康公で言ったら、関ケ原か、大坂夏の陣。

恐らく、ある。
だから
いまだに勤め人にしがみついているのだろう。

つづく

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