サイトアイコン サラリーマンと不動産投資

2024年5月18日㈯

今週のWeb面談も2件。
週末はオトナなので休まねばならない。
2件が限界だ。

Voicyも毎日更新は大変だと聞く。
1日数十分でも疲れるものは疲れる。
平日も日本経済のド真ん中で消耗しているのだ。
やむを得ない。

戸建か区分か木造化RCか都市か地方かという対立は無意味だ。
株か不動産かという議論も投資の本質から言うと意味がない。
投資とは何か?
それはベンジャミン・グレアムの定義が最高である。

元本を保全しつつ、収益を得る行為

これに尽きる。
この定義に従う限り、あらゆる投資商品は投資対象としてよい。
私が都市部で投資をしているのは
「近いから」「賃貸需要があるから」
この2つである。
実際2013年までは都心の区分を買っていた。

今再建築不可投資家になってはいるが、
市場が変わればいつでも投資対象を変える。
不動産がダメなら債券だろうとガールズバーだろうと
元本が保全されて、収益が得られるならば、買うだろう。

そういうことである。
森として見ればそう。
ただ、木としてみると、やっぱり不動産がいい。
不動産という木もさらに細分化していくと、
実を付ける木もあれば、木を切って売却して収益を出すタイプもある。
根に薬効成分がある木もあるし、そこに集まる虫に価値があったりする。
枝かもしれないし葉かもしれない。

不動産屋は仲介手数料という活用をしたり、
売却益という木の使い方をする。
銀行は担保としての利用をする。

私は賃料を狙っている。

だから万人に共通する投資などない。
私のようなホワイト高給勤め人は忙しい。
医者も忙しい。
だから信用力を使ってドンと大きい物件を買い、
償却による節税をしながら放置したままチャリンチャリンと入ってくる
賃料という木の加工が適正だ。

ある程度キャッシュフローが出て、
勤め人もやめてしまって筋トレと酒とSNSしか楽しみがない専業大家になったら、
売却益を狙う暇もあるだろう。

投資が必要な理由は「自由を買い戻すため」これに尽きる。
買い戻してしまったら好きなように生きる権利を与えられる。
資本主義のいいところだ。
特に日本人はカネさえ稼いで人様に迷惑を掛けなければ自由だ。
私も概ね自由を買い戻すことはできたし、
家族もいる。必要なものは手に入った。

是非、若き獅子達よ、1日も早く自由を買い戻してほしい。
後は面白おかしく生きてくれ。
その面白話を私にも聞かせて欲しい。
それが私にとって至高の娯楽だ。

をはり

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