43歳、総資産1.7億、負債が8,000万円、収入は2,000万円程度
日々、ハンコで押したような同じ生活をしているSATです。
こんにちは。
同じような生活をしていても、
心身は老いる一方、
収入は毎月入ってくるので、資産は徐々に増加する。
子供達も成長する。
それで良いと言えば良い。
このまま無理せず、借入を減らして、日々生きていれば、
収入が増加していくし、
教育費の問題もない。
特に人生を賭けてやりたいこともない。
(既に手に入れた)
ここからさらに自分探しをするのは馬鹿らしい。
自分と言うものは探すものではなくて、
強烈に「やらなくてはならん!」
と湧き上がってくる熱情である。
熱情は放っておいても燃え上がってしまうものであり、
探してみて、「ああ、ここにあったか」
と、見つかるものではない。
中年の自分探し程、痛々しいものはない。
カネ、女、子孫繁栄、自由・・・・
聖丁が語る男子の幸福カネと女と自由である。
私は「自由」という点だけ、
実現できていなかったのではないかと思ってきた。
勤め人である以上自由ではないのだから、
自由を手に入れていないのではないか?と。
しかし、
私は知っている。
私が自由になった時に何をするのかを。
答えは特に何もしないのである。
この証明は、コロナ禍に置いてなされた。
コロナ禍で出勤もできず、リモートワークをしていて気づいた。
私は自由を手に入れたら多分何もしない。
手持無沙汰になって急に筋トレをしたり、
フルマラソンを走ったりはするかもしれないが、
その程度だろう。
自由を手に入れたからやりたいことが見つかるわけではない。
自由を手に入れたから熱情が湧いてくるのではないのだ。
熱情が湧いてくるから自由を欲するのである。
と、言う訳で、無理せず良い給料を貰えて、
社会的に評価される仕事をしているのであるから、
情熱が湧いてくるまでは、勤め人を続けようと思う。
情熱が燃え上がるその日まで勤め人を続けよう。
燃え上がる日はこないかもしれない。
しかし、それはそれでいい。
田舎から出てきて、大学を出て、裸一貫からソコソコの資産を作り、
妻と子を育てて、豊かに老いて死ぬ。
充分に良い人生だと思う。
納得できる。
「やりたい事探し」や「逃げ」で起業するのは実にバカらしい。
一定の収入と資産を形成したら巡航速度で墜落するまで飛ぶのが良い。
どうしても行きたい場所が出来たら、
エンジン全開で急旋回して、行きたい場所に緊急着陸をするだけの話。
さてさて、
私の今後の人生には緊急着陸すべき場所ができるのか。
それとも巡航速度で穏やかに墜落するのか。
その日まで勤め人大家という毎日は続く。
をはり