サイトアイコン サラリーマンと不動産投資

食事を残すな!は虐待、パワハラである

我が家の方針は「過食禁止」

私が子供の頃は、給食を全部食べろという、虐待が
平然と学校で行われていた。
私は比較的食べられる方なので、苦労はなかったのだが、
それでも嫌いなものはある。
それを教師が食べるよう強要してきたものだった。

そもそも小学校の教員の学歴は低い。
あんな連中に教育されている時点で思い出しても腹が立つが。
それはさておき。

我が家ではたくさん食べることをキツく戒めている。
確かに子供はお菓子が大好きだが、
お菓子を食べる場合には食事を1食抜かせる。

理由は単純で、食べ過ぎこそ、健康を害する際たるものであるからだ。
食べたいだけ食べるという行為は自殺行為に等しい。
たくさん食べることは「悪」なのである。

みんなで食べることは必要ない

みんなで同じものを同じ量だけ食べる。
これも狂った思想だ。
個体差というものを全く考慮していない。

少食の人もいれば、大量に食べないと必要な栄養を確保できない人もいるだろう。
それなのになぜ、皆が同じ料理を同じだけ食べるという行為を行うのか?
バカバカしいことこの上ないと思う。

この理由は狩猟時代の人類の名残だと思う。
共に食量を確保して、食事をすることで社会的生物である人間は、
共同体感覚を形成することがDNAに刻まれているからだろう。
だから、家族は一緒に食事をするべきと言い、
結婚披露宴などでは、両家が一同に会して食事をする。

その気持ちは分かる。
しかし、食べたくもない料理を無理やり食わせるな。
と、思う。
各自が自分に相応しい食事を用意すればよい。
なおかつ、全部食べろと言うのは強要に他ならない。

食事は極めてプライベートな行為だ

今のコロナの状況は個人的には大いに歓迎する(2021年6月)。
他人と食事することを強要されないからである。
むしろやめろ!と、言われるのは非常に良いことだ。

会話は飛沫が飛ぶということを踏まえると、
コロナ前までに会話をしながら食事をしていた際には、
飛沫が付きまくった食事をみんなで食べていたということだ。
正直気持ち悪い。

私としては食べるものは決まっているので、
それを摂取してミネラル、ビタミンの錠剤を飲み、
それで終わりにしたい。

会話をしたいのであれば、会議室でゆっくり話をすれば良い。
その場に酒や食べ物は不要だ。

古代のDNAに支配された人が多数派なので仕方ないが、
私はそう思う。
人はそれぞれ食べたいもの適量食べる権利がある。
強要してはならない。
私も子供に残さず食べることは強制しない。
いらないなら捨てて良い。
自分の身体はディスポーザーではないのだ。

言いたいことはこれ。

をはり



モバイルバージョンを終了