歳を取るのは怖くない。怖いのは…。

考え方

髪を真っ黒で染めた

私はハゲではないが、白髪である。
白髪なので気にして染めているのだが、
真っ黒にするとマダラ模様になってくる。

東洋人のくせに金髪にしていて、
生え際だけ黒いヤツの白黒パターンだ。

これを回避するためには、
若干明るい色(要するに茶色)にすると、
目立たなくなる。
そうすると、少し髪が伸びてくると、茶色に染めたような色になって、
取引先の銀行員から、
「SATさん、おしゃれですな~(関西弁)」
などと言われる。

取引先の人はいいのだが、彼がそう思うのなら、
銀行の役員やらエライ人もそう思うのだろう。
そう思うと、ファンドだからって偉そうにしていると思われても困る。

それでまた真っ黒にしたのだが、
これもまた困る。

つまり、正解は、真っ白のままにしておくこと。
これが正解だと結論に達した。
確かに、60になる上司も真っ白にしている。
彼と同じ葛藤を経て、私はそこに行きついた。

46歳で禿げたり、白髪になることは、別におかしなことではない。
普通である。
今後は染めるのをやめて真っ白にして
中年を生きようと決めた。

老いは恥ではない、勤め人の同調圧

老いるのは恥ではない。

恥ずかしいと思わなければならないのは、
「老い」相応に「成熟」していないことである。

46歳、既婚、子供3人、ヒラの勤め人、年収〇〇〇〇万円、総資産2.3億、借入1億、純資産1.3億。家賃収入2,000万円。

これでいい。
普通の46歳男性であれば

46歳、既婚、子供二人、上場企業課長、年収1,200万円、持ち家、住宅ローン残り2500万、金融資産1,500万円

うむ。普通である。

しかし、

46歳、「独身」、上場企業部長、2,000万円、都心タワマン賃貸、金融資産5,000万円

となると、急に「独身」がクローズアップ現代となる。
違和感を感じてしまうのが、日本人だ。
「平均的ではない」ことに違和感を与える。
特に勤め人はそれに敏感であり、あの人なんで独身なんだろう?バツイチかな?などと、色々と詮索されることになる。
起業したり、芸能人であれば、そのトガリ(尖り)が、理由となって説明する必要もなくなるのだが、
まあ勤め人ってのは働きバチ、働きアリなので、
「なんでアイツはアゴが小さいんだ」
「アイツなんかハネあるぞ」
とか些細な違いをピックアップしがちである。

勤め人を続けたいのであれば、余計なところで目立たないのが吉だ。
大体ちゃんと出世するヤツは資産総額は言わない。

私の勤務先なんて、投資、運用をする会社なのに、
個人レベルでは誰がどう運用しているのか?全く話題にならない。

私が経営者であれば、日常的に投資の話題で盛り上がる連中と仕事をしたいと思う。
不動産は今どうだ?半導体はもうダメだ、ドル円相場がおかしい。
などなど。
それが何もない。
まあ、銀行出身者が多いから、おそらく銀行もこんな雰囲気なんだろうなと察しがつく。
つまらなそうな職場である。

銀行員にはロン毛がいない。
そういうことだ。

人としてとりあえずやっておくべきこと

老いることは問題ではないが、
先人達がやってきたことは、一通りこなしておくのがいい。

義務教育みたいなものだ。
1つは、結婚だ。
これは、しておいた方がいい。
人類の歴史が始まって以降、大体の人間が結婚している。
子がいないという人もいたが、偉人も凡人も大体結婚はしている。

アインシュタインも奥さんをぶん殴っていたらしいが、
結婚はしている。
離婚してもまあ、差支えないので1度はしておいた方がいい。

次に育児である。
子どもはいた方がいいだろう。
人生は一人、もしくは夫婦だけで生きるには刺激が不足する。
その刺激を何で埋めるか?
悩むことになる。
人生80年、子供で時間を潰さないで生きるには長すぎる。

超人的な才能があって、芸術分野などで、それだけに没頭できる。
という人は要らないかもしれん。

子どもが出来ない場合には、可能であれば親戚の子だくさん夫婦から
養子を貰うのがいい。
自分側の血縁から一人、配偶者側の血縁から一人で合計二人だと、
遺伝子的にも、感情的にも平等感があるだろう。

兄弟の子供、つまり、甥、姪なんてのは、半分は自分のDNAと同じだから
兄弟の嫁は自分の嫁と大差ない。
遺伝情報が近い子供は愛情も注ぎやすいだろう。
そもそも愛情、それ自体が遺伝子の指令なのだから。

それぞれの血筋から一人ってのも、まあ、公平感がある。
片方だと、なんでお前の側のDNAだけ?
という感覚が湧くかもしれない。知らんけど。

まあ、人間としてその程度は1回やっておくのがいい。
その他のことは資本主義だからカネになることをやったらいい。

あとはガチになれること。集中できることがあればいい。
それは人それぞれだから知らん。

生きる意味とは何か?

哲学である。

アドラー(岸見一郎先生)曰く
「人生の意味とは、自分自身が与えるもの」
と、言っている。

私はこれでは分からないと思う。

いや、どう与えたらイイッスか?
という再反論がある。

私は最近「ひゃくえむ」と言う漫画を読んだが、ここに答があったよ。

©ひゃくえむ 魚豊先生

ただ、100mを走る。
ただそれだけのために30代まで走り続けるアスリートはなぜ走るのだろうか?
トガシは小学生にして「100mが速ければ人生の問題は全て解決する」と、
断言した。

途中で葛藤があり、伸び悩んだが、28歳にしてなぜ自分が走るのか?
この答えを見つけて、日本選手権の決勝に進んだのである。

まさに、それだ。
人生の意味とは「ガチになること」である。
ガチになり続けてそのまま死ねれば、それが最高だ。

結婚や、子供、一族の繁栄なんて目標は、オマケに過ぎない。
ただ、他人(子供、妻、教え子、恋人)にはガチになってはいけない。
他人のことはどうしようもないのだから。

私もこのトガシの発言で思い出した。
俺は年収を上げることにガチになった時期があった。
目標に到達して、十分なところまで来たら、ガチになれなくなったが、
あの時はガチだった。

ウォーレン・バフェットはカネが欲しいから投資しているのではない。
ガチになれることが投資だっただけだ。
大谷翔平も、カネとか女とかどうでもいいと思っている。
野球が、ガチになれることだったのだ。

ガチり続けていた結果、そうなっただけだ。
ガチり続けられるのであれば結果が出なくても、プロになれなくても、
野球が出来る環境でガチってるはずなのだ。

ガチになれることをし続けて死にたい

漫画でもトガシ君を含めて、登場人物は葛藤に葛藤を重ねる。

なぜ走るのか?迷い続ける。
自分のため、少しでもいいタイムを出すため、誰かのため。
理由を探す。
しかし、結局はガチになる(当然楽しい)ためにやっているのである。

人生に必要なのはそれだけなのだ。

まさに

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そういえば、聖丁ラジオで既に聖丁が語っていた。

ただね、
そう、私もゲームではガチになれるが、
それも弱い。
一時は女にガチになることもできる。
大家にガチになれることもある。
子どもの教育にガチになりそうなこともあった。

ただこれ、凡人は1つのことだけだと、続かない。

結局ガチになれる、長くなれる(フロー体験)のも才能なのだ。

私のような凡夫は、そこそこガチれるものを
分散的に持っておいて、そこそこ楽しむのがいい。

勤め人は全然ガチれない。
借金取りはかなりガチれるのだが、
社内調整やら、イベントの段取り等はもう誰かやってくれと思う。

まとめると、

〇凡人はガチり続けられないから、
〇そこそこガチれる分野を複数持つのがいい。
〇結婚、子供はいた方がいい。(ガチのインターバル)
〇生きるために勤め人が必要なら、目立たねぇことだ。

をはり